大菩薩峠とは?標高1897mの鞍部と介山荘

草原の稜線を歩く登山者 全国

大菩薩峠は山梨県にある標高1,897mの鞍部です。日本百名山として名前が挙がるのは標高2,057mの大菩薩嶺のほうで、峠と山頂は約2km離れた別の場所にあたります。ところが景色がよいのは、標高の低い大菩薩峠の側です。この記事では峠と嶺の違い、峠に建つ介山荘、甲斐大和駅からのバスの運行期間を数値で整理します。

大菩薩峠の基本情報

山名大菩薩峠
所在地山梨県
標高1,897m

この記事でわかること

  • 大菩薩峠が標高1,897mの鞍部で、標高2,057mの大菩薩嶺とは別の場所であること
  • 展望が開けるのは山頂ではなく峠から稜線にかけての区間という逆転
  • 峠に建つ介山荘の名前が小説『大菩薩峠』の作者に由来すること
  • 甲斐大和駅からのバスが平日3便・土日祝5便で、片道約40分という条件
  • 上日川峠行きのバスが例年12月中旬で運休に入るという期限

大菩薩峠と大菩薩嶺は何が違いますか?

大菩薩峠は尾根の鞍部、大菩薩嶺は山頂です。峠は山梨県甲州市塩山上萩原と北都留郡小菅村の境にあり、大菩薩嶺の南方およそ2kmに位置します。標高差は160mあり、歩けば1時間前後の距離です。

草原の稜線を歩く登山者
名称標高地形展望
大菩薩峠1,897m尾根の鞍部開けている
大菩薩嶺2,057m山頂樹林に囲まれている

検索で大菩薩峠と大菩薩嶺が混ざるのは、この2つを一度に歩く周回コースが一般的なためです。どちらか一方だけを目的にする人は少なく、多くの記録は両方を通っています。

呼び分けが必要になるのは、行き先を人に伝えるときです。「大菩薩峠に行く」と言えば稜線の景色を見に行く話になり、「大菩薩嶺に登る」と言えば百名山を1座踏む話になります。同じ日に両方を通るとしても、どちらを目的に置くかで撤退の判断が変わります。

大菩薩峠の展望はどうなっていますか?

大菩薩峠から北へ延びる稜線は、草原状で視界がさえぎられません。峠に立つと東側に向かって斜面が落ち、西側には山並みが広がります。標高2,057mの大菩薩嶺の山頂が樹林に囲まれているのとは対照的です。

見晴らしの開けた広い草原

この地形の差が、大菩薩峠を歩く価値を決めています。百名山の記録としては山頂を踏む必要がありますが、景色を見にいくのであれば峠から稜線を歩く区間が主役になります。時間が足りない場合、山頂を省いて峠で折り返すという判断も成り立ちます。

  • 峠から稜線:草原状で視界が開ける。歩きながら景色が変わる
  • 大菩薩嶺の山頂:樹林の中の平坦地。展望を期待すると拍子抜けする
  • 賽ノ河原・雷岩:峠と山頂の間にあり、どちらも視界が開ける
  • 晴れた日は富士山や南アルプスの方向が見える

賽ノ河原は峠と山頂の間にある窪地で、石が積まれた場所として知られます。そこからさらに進むと雷岩に出ます。雷岩は大菩薩嶺の山頂の手前にあり、ここが実質的な展望地点です。山頂そのものは雷岩から数分で着きますが、視界は閉じます。

つまり大菩薩峠から雷岩までの区間が、この山のいちばん良い部分です。標高で言えば1,897mから2,000m少々の間で、登り下りも大きくありません。歩く時間に対して景色の密度が高い区間だと考えてください。

介山荘とはどんな山小屋ですか?

介山荘は大菩薩峠に建つ山小屋です。峠そのものに建っているため、稜線を歩いていると必ず前を通ります。売店があり、日帰りの登山者も休憩に立ち寄ります。

名前は小説『大菩薩峠』の作者である中里介山から取られています。山小屋の名前がそのまま作家の名前という例は多くありません。大菩薩峠という地名が文学によって広まった経緯を、山小屋の名前が残している形です。

尾根を下る道と眼下に広がる雲

峠に山小屋があることは、行程の安全にも効きます。天候が急に崩れたとき、稜線上に逃げ込める建物があるかどうかで判断の余裕が変わるためです。ただし営業期間と営業時間は季節で変わるので、当てにする前に確認しておいてください。

大菩薩峠の名前はどこから広まりましたか?

中里介山の小説『大菩薩峠』によって広まりました。1913年(大正2年)から1944年(昭和19年)まで、32年にわたって都新聞に連載された長編で、作者の死去により未完のまま終わっています。

日本の長編小説としては例のない長さで、峠の名前は小説の題名として全国に知られました。現在の大菩薩峠を訪れる人の多くは登山が目的ですが、地名の知名度そのものは文学に由来します。山の成り立ちと歴史は日本山岳会の大菩薩嶺の解説でも触れられています。

大菩薩峠へはどう行きますか?

最も一般的なのは上日川峠を起点にするルートです。上日川峠まで車またはバスで入り、そこから歩いて大菩薩峠へ向かいます。標高の高い場所まで乗り物で入れるため、登る標高差を抑えられます。

樹林の中の土の道を歩く人

もう一つの入口が塩山駅側の大菩薩峠登山口です。こちらは標高の低い位置から登り始めるため、歩く距離と標高差が増えます。2つの入口の比較は大菩薩嶺の登山口の記事にまとめています。上日川峠からの周回の組み立ては大菩薩嶺の周回コースの記事が参考になります。

上日川峠行きのバスはいつまで走りますか?

例年12月中旬までです。JR中央線の甲斐大和駅から栄和交通の「大菩薩上日川峠線」が運行しており、片道約40分で上日川峠に着きます。運行期間は4月中旬から12月中旬までで、冬期は道路が通行止めになるため運休します。

細い登山道を進む人
項目内容
区間甲斐大和駅〜上日川峠
所要片道 約40分
本数平日3便/土日祝5便
運行期間例年4月中旬〜12月中旬

本数が限られるため、帰りの便から逆算して行程を組んでください。最終便を逃すと歩いて下ることになり、標高差がそのまま加算されます。当年の時刻と運行状況は大菩薩観光協会のコース案内などで確認できます。

秋の大菩薩峠にはどんな服装が必要ですか?

標高1,897mの峠は、甲州市の市街地より10℃前後低いと考えて装備を組みます。気温は標高100mごとにおよそ0.6℃下がるため、麓との差がそのまま体感に出ます。峠から北の稜線は草原状で、風を遮るものがありません。

  • 上日川峠からの登りでかいた汗が冷えにくい長袖
  • 峠で休むときに羽織る保温着(草原の稜線は風が抜ける)
  • 防風シェル(稜線では風が直接当たる)
  • 手袋(10月以降は携行する)
  • 底のしっかりした靴(樹林帯は木の根と石が多い)
  • ヘッドライト(日没が早い季節はバスの時刻とあわせて用意する)

11月に入ると霜や凍結が出ます。バスが12月中旬まで動いていても、稜線の条件は冬に近づいている点を前提にしてください。

紅葉は標高で時期が分かれます。峠から稜線にかけては10月中旬、上日川峠の周辺は10月下旬、麓に近づくほど遅くなります。バスの運行期間と紅葉の見頃が重なるのは10月なので、公共交通で行くならこの月が使いやすい時期です。

よくある質問|大菩薩峠

大菩薩峠の標高は何mですか?

1,897mです。山梨県甲州市と北都留郡小菅村の境にある尾根の鞍部で、標高2,057mの大菩薩嶺の南方およそ2kmに位置します。

大菩薩峠と大菩薩嶺はどちらが景色がよいですか?

大菩薩峠の側です。峠から北へ延びる稜線は草原状で視界が開けます。大菩薩嶺の山頂は樹林に囲まれており、展望はありません。

介山荘はどこにありますか?

大菩薩峠に建っています。名前は小説『大菩薩峠』の作者である中里介山に由来します。売店があり、日帰りの登山者も立ち寄ります。

甲斐大和駅からのバスは何時間かかりますか?

上日川峠まで片道約40分です。平日3便、土日祝5便が運行され、例年4月中旬から12月中旬までの期間限定になります。

冬でも大菩薩峠へ行けますか?

上日川峠への道路が冬期通行止めになるため、バスは12月中旬から運休します。冬に入る場合は塩山駅側から歩くことになり、積雪期の装備が必要です。

まとめ|大菩薩峠を歩く3ステップ

大菩薩峠は、山頂より峠のほうが見晴らしのよい山です。目的を先に決めると、行程の組み方が変わります。

  1. 目的を決める。百名山の記録なら標高2,057mの大菩薩嶺、景色なら標高1,897mの大菩薩峠から北の稜線を主役にする
  2. 入口を決める。上日川峠から入れば標高差を抑えられ、塩山駅側から入れば距離と標高差が増える
  3. バスの期限から逆算する。甲斐大和駅発は平日3便・土日祝5便で、運行は例年12月中旬まで

標高は公的な山岳団体の資料、バスの本数と運行期間は大菩薩観光協会などの地域の案内で確かめました。平日3便・土日祝5便という本数を見て、私はまず帰りの便から行程を逆算しました。時刻は年度ごとに改定されるので、出発する週に当年の時刻表を見ておいてください。

中央本線沿いでは乾徳山が岩場のある山として知られます。東京最高峰の雲取山も同じ奥秩父の山域です。電車で行ける関東の山の選び方は関東の電車登山ガイドにまとめています。

画像出典

写真はUnsplashに投稿されたもので、撮影はAlex Moliski、Liosha Shyp、Darko Cvetanoski、Leslie Crossの各氏です。大菩薩峠や介山荘で撮られたものではない点にご注意ください。

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